大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(う)1507号 判決

本籍 東京都墨田区本所松代町三丁目以下不詳(自称)

住居 同都台東区山谷三丁目六番地 簡易旅館田村屋止宿

土工 金子良一

明治三四年四月二九日生

本籍 新潟県長岡市関原町二丁目一二六番地

住居 東京都調布市国領町五四三番地 平井東一郎方

会社員 茶木義夫、大川正美こと 米持英資

昭和一〇年一二月一七日生

本籍 福島県西白河郡矢吹町大字柿の内字屋敷六五番地

住居 東京都江戸川区西畑江二七番地の一 岡田博方

鳶職 板橋こと 小板橋博之

昭和九年三月二五日生

右被告人等に対する暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件につき、昭和三八年四月二日東京地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人等から各控訴の申立てがあつたので、当裁判所は審理し次のとおり判決する。

主文

原判決中被告人等三名に関する部分を破棄する。被告人金子良一、同小板橋博之を各懲役一年に、同米持英資を懲役一〇月に処する。

原審未決勾留日数中被告人金子良一、同米持英資については各九〇日、同小板橋博之については八〇日を右本刑に算入する。

但し、被告人等三名については、いずれも本裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

原審並に当審訴訟費用はいずれも被告人等に負担させない。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人近藤忠孝外六名作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書記載のとおりであるから、これをここに引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴趣意第一点審理不尽の違法の主張について、

所論によると、本件は社会的にその原因がある事件であり、犯罪の成否そのもの(違法性、責任性)の判断をするにも、又犯罪の動機、被告人の心理状態を判断するにも、山谷の実態を調べなければならない事件であるのに、原審においてはこの点に関し植野猛を証人として尋問したのみであり、これでは到底山谷の実態を知ることはできない。原審はすべからく、職権により更に証拠調を尽くすべきであつたのに、それをしなかつた点で審理不尽の違法を免かれないと主張する。よつて右所論に基き審按するに、原判決が認定したところによると、本件は台東区山谷四丁目三番地「あさひ食堂」において、昭和三七年一一月二三日午後六時頃、客の一労務者が同食堂女店員の客扱いの態度に腹を立て、卓上の茶湯等を右店員にかけたことから、同食堂の男店員三名と右労務者との間に同食堂前路上において殴り合いの喧嘩が起り、その際、現場に赴いた警察官が先づ右労務者を派出所に同行したところ、附近に居合せた「山谷ドヤ街」の労務者ら数十名は、警察官が右労務者だけを逮捕するものと誤解し騒ぎ始めたことに起因するものであつて、右の事実は原審が取調べた若林豊、須賀なおえ、帰山仁之助、佐藤悌蔵、高橋寛、相田光次郎等の検察官に対する各供述調書、及び被告人等の司法警察員、検察官に対する各供述調書によつてこれを証明するに十分である。更に、所論の如き本件発生の地盤であるいわゆる「山谷ドヤ街」の実態についても、前記各証拠によつてこれを窺知できるのみならず、原審では更に、弁護人申請にかかる山谷福祉センター相談課長植野猛を証人として詳細取調べた外、自から「山谷ドヤ街」を検証し、その実態に触れ取調べたものであるから、犯罪事実の認定については勿論、犯行の動機、原因その他、量刑上の諸点についても審理を尽くしたと言うことができ、原審には何等所論の如き審理不尽の違法があるとは認めることができない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について、

論旨は先ず、原判決は「被告人等は前記群衆中の多数の者と共同して器物損壊を行つた」と判示しているけれども、右の多数の者は如何なる者を指すのか不明確であると主張する。然しながら、暴力行為等処罰に関する法律第一条違反の罪の判示としては、被告人の外に数人が共同して罪を犯したことを判示すれば足り、必ずしも右数人の氏名を悉く網羅記載する必要はないと解する。それ故、原判決の判示は同条の罪の記載としては十分であり、群衆中多数の共同者を網羅記載しなかつたからと言つて所論の如き違法はない。また、所論によると、原判決は証拠に基かず被告人等の共同実行の意思(意思の連絡)を認定した違法があると主張する。よつて所論に基き本件記録を精査して考察すると、被告人等の共同実行の意思は原判決挙示の証拠、就中、被告人金子の司法警察員に対する昭和三七年一一月二九日付、検察官に対する同年一二月六日付各供述調書、被告人米持の司法警察員に対する同年一一月二四日付、一一月二七日付、検察官に対する同年一二月一日付各供述調書、及び被告人小板橋の司法警察員に対する同年一二月七日付、検察官に対する同年一二月一二日付各供述調書等を綜合し、これを証明するに十分であつて、原判決にはいささかも所論の如き違法は認められない。次に所論は、被告人等が本件犯行に参加したのは互に時期を異にしており、各被告人間に意思の連絡がないから各単独犯であると主張する。然しながら、暴力行為等処罰に関する法律第一条所定の共同実行の意思は、数人間において直接交換されることを必要とせず、数人中のある者を通じ順次相互に意思の連絡があれば足ると解するところ、原判決挙示の証拠に照らすと、本件犯行は原判示のとおり昭和三七年一一月二三日午後六時五〇分頃から同七時二〇分頃までの間、多数の者によつて継続して行われた一ヶの犯罪事実であるから、たとえ被告人等三名の各犯行の間に時間的のずれがあつて、直接意思の連絡が行われなかつたとしても、他人を介して順次共同犯行の意思が成立したことを認めることができる。従つて本件は各被告人の単独犯行にあらずして共同犯行と言うべきである。その他、所論の総べてを参酌し、且つ当審における事実取調の結果に徴しても、原判決が事実を誤認し、或は法令の適用を誤つた違法は認められないから、論旨はいずれもその理由がない。なお所論によると、被告人等の司法警察員並に検察官に対する各供述調書は、捜査官の違法手続によつて作成されたもので証拠能力を欠き、仮に証拠能力ありとするも、その信憑性に全く乏しいものであると主張するを以て按ずるに、本件記録を仔細に調査しても、右各供述調書が所論の如き事情で作成された証拠能力を欠くものであるとは肯認するに足らず、また右各供述調書の形式、内容に照らし、且つこれをその他の証拠と対比してみても、それが所論の如く信憑性の全く乏しいものと断定することはできない。原判決が右各供述調書を採証したのは正当であり、論旨は理由がない。

控訴趣意第三点について、

所論によると、被告人等の行為は事件発生の背景、原因からみて、その行為に出ないことの期待が不可能であり、その責任を問い得ないものであると主張する。然しながら、原判決挙示の証拠によると、被告人等は通りがかりに本件多数者による暴行を目撃し、特段の理由もないのに、これに附和雷同して自からも暴行を働くに至つたものであり、到底期待可能性を欠く事情にあつたとは認め難い。論旨は理由がない。

控訴趣意第四点量刑不当の主張について、

所論に基き本件記録を精査し、当審における事実取調の結果も参酌して考察すると、被告人等は一時の興憤、或は酒の勢で附和雷同し本件に参加するに至つたものであり、犯行後は自己の非を認め、悔悟していることが窺える外、被告人等はいずれも前科がなく、被告人米持、同小板橋は現在山谷の土地を離れて定職に就いており、同金子は老齢で病身であること、その他諸般の情状を綜合考量すると、被告人等に対しては、この際寧ろ懲役刑の執行を猶予し、自力更生の機会を与えるのを相当と考える。してみると原判決の量刑は重きに過ぎ、この点の論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第三八一条第四〇〇条但書に則り、原判決中被告人等三名に関する部分を破棄し、当裁判所において更に次のとおり判決する。原判決が認定した原判示第一の(一)の事実を法律に照らすと、被告人等の所為は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項刑法第二六一条罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内で被告人金子良一、同小板橋博之を各懲役一年に、同米持英資を懲役一〇月に処し、被告人等に対しては前記の理由により刑法第二五条第一項により本裁判認定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、原審未決勾留日数の算入につき刑法第二一条、原審並に当審訴訟費用の点につき刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用し、主文のとおり判決する。

出席検察官 倉井藤吉

(裁判長判事 渡辺好人 判事 目黒太郎 判事 深谷真也)

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